何十年ぶりかで無心で描いた日

こんばんは。

東京 パステルアート 杉本みのりです^^

この記事にコメントを頂いて、【続きを】とリスエスをいただきました。

有り難うございます☆

 

このテーマを書いていた5月頃は、
このブログは訪問者は、ほぼいらっしゃらなくて(笑)

そして、子どものプライバシーに深く触れる内容を

直接お会いした方じゃなく、
こうしてネットに書いてしまっていいのか、

親として迷ったんですね。

 

そして・・気持ちの結論が出るまで放置プレーをしよう・・と^^

 

 

でも、リクエストを頂いたのは、
何かの合図かもしれません。

 

というのは、今日は特別な日だから。(2018年9月13日)

 

なので、少しずつ再開してみますね。

 

 

子どものことで救急病院へ飛んでいき、

その夜に、15歳の受験以来、たぶん初めて、
真夜中に
無心になって1枚のパステル画を描きました。

 

そして、その翌日に

私が枕詞にしている、みなさんに一番伝えたい
「絵は祈り。絵はもうひとつの私たちの言葉。」が起こった

 

・・・というところまで、前回、書いたんでしたね^^

 

 

実は、私のこの枕詞をご覧になられた方から、
直接こんな言葉を言われたことがあります。

「みのりさん、あの言葉、いいですね!
感動しちゃった。
私も使おう~っと!!^^」

 

・・と。

で、後日本当にその方のブログに
「絵は祈り、絵はもうひとつの言葉です」が書かれていました。

 

・・いいんです。

 

ただ・・とても歪んだ使われ方をしていて、

「この絵を飾ると運が良くなる」

「この絵を手に入れれば護られる」

「これを描けばあなたは運が良くなる」的な(^o^;

 

 

私自身、スピな世界は肯定していることを前提にしつつ、正直な思いを綴れば・・

(むしろ、普通の方よりも遙かに多く、世界的な著名ヒーラーさんたちとお会いしてきましたし、奇跡と呼ばれることをたくさん見て、関わってきました。 )

 

自分がこの言葉に込めた実体験からくる想いは、違うんです。

 

 

私がこの言葉で伝えたかったのは、
「あなたの描くという行為は、それ自体がとても尊い」ということ。

だから、この上記の一件はとても残念に思いました。

(こちらのブログは正直に素の私のまま綴れますので書きました)

 

 

とうわけで、その方の使いたかった「祈り」と
私の言いたかった「祈り」は違っていて、

絵そのものに何か神がかった力がある・・というんじゃなく、

「絵を描く」という行為そのものが・・

私たちのご先祖さま達が洞窟に絵を描いたその時から、
綿々と続いてきたこの人間の自然な行為こそが、

「祈り」の本質だということです。

 

 

学生時代に学んできた、
「絵」に関する学問として得ていた知識が、
現象として本当のことなんだ・・

と実体験したのが、この時でした。

 

というのは、

私が初めての無心の1枚を描いた翌日、

植物人間を覚悟するように言われた子は、
自分の足で歩いて自宅へ戻ってたんです。

 

 

つづきます。

他者を入れた部分、
読み直して後味わるかったら、その部分は訂正しますね^^

 

いつもありがとうございます^^
1日1回ポチっていただけると励みになります☆

 

 

 

 

 

コメント

  1. torii より:

    続きをありがとうございます。
    言葉が見つかりませんが、ありがとうございます。

    「あなたの描くという行為は、それ自体がとても尊い」
    「絵を描く」という行為そのものが・・
    「祈り」の本質だということです。

    ・・・心に刻みたい言葉です。
    ありがとうございます。

    • 杉本みのり 杉本みのり より:

      こちらこそ、コメントいただけて嬉しかったです^^

      そして自分がサボってた事(途中で止まってたこと)を思い出せて良かったです~

      きっと人は誰もが祈り人で、正義や理想があって、そこへの道を探してると思うんです。
       
      描くもそんな方法の一つかなって思ってます^^