心は伝わる。大切な人であればあるほど。

上手く描けるかな?

そんな思いがわいたとき、

「描き上がり」が心配ですか?

それとも

「思いが届くかな?」が心配ですか?^^

【フラワー】生徒さん作品をカードにされました。
白い芍薬の花言葉は「幸せな結婚」。
両家顔合わせの時に、そっと母の願いをこめて同席させたカード。。
心を伝えるって、こういうことなんですよね。

クローゼットを整理していたら、
母の作ってくれた小さなおひな様セットが出てきました。

娘は7段飾りを持っているのですが、
母が亡くなる少し前に、作って送ってくれたものなんです。

「みのり、おひな様送ったわよ」

「え?おひな様なら、もうあるじゃない。
しかも7段飾りが。
これ以上は飾れないんだけど?」

「まぁ、そう言わずに受け取って。
頑張っても昔みたいには作れなかったんだけどね。
これ以上はもう、指が動かなくってねぇ。
だからこれが、きっと私の最後のおひな様だから。
でもね、どうしてもね、作りたかったのよ。
孫(娘)ちゃんに♪」

(まさか、その身体で作ったの・・?)

私の母は、精力的に作品発表をしていた和紙工芸作家でした。

身体的な理由で創作活動ができなくなって久しい頃、
突然届いたおひな様。

届いたおひな様は、
最盛期の母の作品と比べたら、

特徴だった繊細さも、
密度の濃さも、
精密なリアルさも、

遙かに及ばない作品でしたが、

私には、この最後のおひな様が
母の生涯の作品の中で一番、

大好きで
大切で
愛おしくて
涙がでるほどありがたい

そんな宝物になりました。

このおひな様を見るたびに、

母がどんな風に作ってくれたのか、解るんです。

思うように動かせなくなった指を
麻痺した指を

一生懸命に伸ばしながら、
今だけでも感覚が戻りますようにって祈りながら、
どうぞこれが完成しますようにと願いながら、

捏ねた粘土。
一本一本描いた線。

和紙のなめらかな面を作るために
力の入れられない指で、
今まで以上に何度も何度も
なでつけて作ったのであろう曲面。

どれだけの時間をかけて、
どんなに愛情をこめて、
このおひな様を作ってくれたのか・・。

作ってる時の母の口元の微笑みまで
リアルにイメージできるんですね。

と、同時に、

思い通りに動かない身体と
健康だった頃と比べて
記憶の中にある通りに作れないもどかしさ・・

どんな思いが交差したことか。。

それでも、孫の笑顔を心に浮かべながら
作ってくれたこのおひな様は、

母にとっても
確実に幸せな時間をもたらしたことも。

大切な人に届けたいと思った作品は、
作品の「出来」、、じゃないんですね。

受取手に届くのは、「心そのもの」。

胸を温めてくれるのは、「純粋な想い」。

嬉しかった記憶も、
柔らかな形も、
あたたかな思いも、

そこに込められた「祈り」が届くからなんですよね。

「祈り」は神様の取りはからってくれる分野。

だから私たちは、ただ信頼して任せてしまえば、それでいいと思うんです。

先のことは何も考えず、
私たちは、今していることに真心をこめればいいんですよね。

それが、
制作者と神様だけの契約ごとというもので、

制作者と受け取り手両方の間に流れる愛だと思うから^^


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